彼方への想い
三族物語
11/11/28 13:39
• ❑ 昔あるところに、ハリネズミ族とキツネ族、そして王族の3つの部族が共に住む国があった。この国がいつ成立したのかは不明だが、混沌として、ひとつの国としてのかたまりがなかった頃、後から入ってきた今の王族が、ふたつの部族をひとつにまとめあげたのが、この国の初まりであったらしい。
• ❑ キツネ族は、物の商いを生業とする人々が多く、馬車や船の移動により、各地の珍しいものや貴重な物を他の地域で販売し、日々の糧を得ていた。反面、ハリネズミ族は、農業を主体とし、一カ所に定住しているものがほとんどであった。二つの部族は、それらの仕事に長らく従事しているうちに、民族としての特徴として、キツネ族のことを、「動きし者」として、そしてハリネズミ族のことを、「止まりし者」として呼ばれ、それらがそれぞれの民族の特徴となっていた。
• ❑ 一定の習慣がやがて一つの人格を形成すると言われる通り、二つの部族の性格は全く異なる様になり、キツネ族は好奇心あふれる活動を好み、発明や芸術活動に従事するものが多いのに対し、、ハリネズミ族は一カ所に定住する活動の多い、宮廷生活を支える事務的な作業や工具などを創り出す工房で働くものが多かった。
• ❑ 王族は、そんな二つの性格の全く異なる部族の間で生じやすい摩擦を和らげ、仲介する立場にあり、両部族からは尊厳のまなざしで見られていた。そしてその証しとして、両部族は日々の王族の生活を支える様々な貢ぎ物を王族に献上していた。
• ❑ 「動きし者」は他の地域からモノを持ち帰るだけでなく、同時に幾百のお話を持ち帰り、故郷にいる両部族の「小さき者」の好奇心をかき立て、成長の糧として、次の代の活動の源泉となっていた。つまり「動きし者」の活動には、初め小さい目立たない変化を、そしてそれが繰り返される内に普通の波を、更にやがて大きな波をもたらすような影響力があったのだ。
• ❑ 一つの国として形が完成して長い時が過ぎた。そして、人々も年老い、そして小さき者も年を取り、やがて一つの代から次の代に時代が変わりつつあった。そして、それを象徴する初代の王様が、この世を去り、この国も次の時代に移って行き、新たな王様が生まれた。
• ❑ 新たに王様となった彼は、恐れた。そう、失う事を。変化を恐れ、その変化を止める道を選択し、「動きし者」の動きを止める方向に歩んでいた。が、王様は知らなかった。その止めようとしていたものの中には、単に「動きし者」の好奇心だけでなく、「止まりし者」の活動の源泉だった情熱も含まれていた。何故なら、何が許され、何が許されないかを決めるのは、王様だけであり、人々がそこに入り込む余地が無くなったからだ。「動きし者」は行動を止め、「止まりし者」は自ら考える事を止めた。
• ❑ 恐れは怒りにつながり、怒りは憎悪につながり、憎悪は苦しみにつながる。今や、王様の恐れは、国民の苦しみを生み出すようになり、荒れた国になってしまった。そう、あの勇者が現れ、再びこの国を輝く土地にするまでは。
• ❑ キツネ族は、物の商いを生業とする人々が多く、馬車や船の移動により、各地の珍しいものや貴重な物を他の地域で販売し、日々の糧を得ていた。反面、ハリネズミ族は、農業を主体とし、一カ所に定住しているものがほとんどであった。二つの部族は、それらの仕事に長らく従事しているうちに、民族としての特徴として、キツネ族のことを、「動きし者」として、そしてハリネズミ族のことを、「止まりし者」として呼ばれ、それらがそれぞれの民族の特徴となっていた。
• ❑ 一定の習慣がやがて一つの人格を形成すると言われる通り、二つの部族の性格は全く異なる様になり、キツネ族は好奇心あふれる活動を好み、発明や芸術活動に従事するものが多いのに対し、、ハリネズミ族は一カ所に定住する活動の多い、宮廷生活を支える事務的な作業や工具などを創り出す工房で働くものが多かった。
• ❑ 王族は、そんな二つの性格の全く異なる部族の間で生じやすい摩擦を和らげ、仲介する立場にあり、両部族からは尊厳のまなざしで見られていた。そしてその証しとして、両部族は日々の王族の生活を支える様々な貢ぎ物を王族に献上していた。
• ❑ 「動きし者」は他の地域からモノを持ち帰るだけでなく、同時に幾百のお話を持ち帰り、故郷にいる両部族の「小さき者」の好奇心をかき立て、成長の糧として、次の代の活動の源泉となっていた。つまり「動きし者」の活動には、初め小さい目立たない変化を、そしてそれが繰り返される内に普通の波を、更にやがて大きな波をもたらすような影響力があったのだ。
• ❑ 一つの国として形が完成して長い時が過ぎた。そして、人々も年老い、そして小さき者も年を取り、やがて一つの代から次の代に時代が変わりつつあった。そして、それを象徴する初代の王様が、この世を去り、この国も次の時代に移って行き、新たな王様が生まれた。
• ❑ 新たに王様となった彼は、恐れた。そう、失う事を。変化を恐れ、その変化を止める道を選択し、「動きし者」の動きを止める方向に歩んでいた。が、王様は知らなかった。その止めようとしていたものの中には、単に「動きし者」の好奇心だけでなく、「止まりし者」の活動の源泉だった情熱も含まれていた。何故なら、何が許され、何が許されないかを決めるのは、王様だけであり、人々がそこに入り込む余地が無くなったからだ。「動きし者」は行動を止め、「止まりし者」は自ら考える事を止めた。
• ❑ 恐れは怒りにつながり、怒りは憎悪につながり、憎悪は苦しみにつながる。今や、王様の恐れは、国民の苦しみを生み出すようになり、荒れた国になってしまった。そう、あの勇者が現れ、再びこの国を輝く土地にするまでは。
試練
11/03/15 08:47
今、日本はこれでもか、これでもかと言わんばかりのチャレンジを天から受けている様な気がする。テレビのスイッチを入れれば、全く律儀にそれを正確に伝えようとする番組が朝から夜まで流れている。この様な現状の中にいると、不景気の真ん中にいた感があった数ヶ月前がもっと明るかった気がしてしまうから不思議だ。
今回の出来事は、既存のシステムと新しい動きがぶつかりあって生じた事件や事故の延長線上にあり、この自然災害は何となく最後のダメ出しみたいで、これでも変わりませんかと問いかけられている感じだ。もちろん、自然災害などは、社会の状態と直接な因果関係はないだろうが、人によっては、象徴的な出来事として解釈される事もあり得るだろう。
つまり戦後から高度成長期に築き上げて、暗黙のうちに了としてきたシステムや仕組みを少しずつ変革しながら、新しい仕組みに移行して行く事、すなわちソフトランディング的なアプローチを止め、政権交代という形でハードランディング的な道を国民は選択した。しかし、その後、先行きが見通せない中での今回の出来事に遭遇してしまうと、これを象徴的な捉え方をしてしまう自分が存在するのだ。
いずれ「将来の大人達」にバトンタッチすべき時期が来る。あなたが資産家であろうとなかろうと、経営者であろうとなかろうと、老若男女に関係なく、時の神が次のステージに駒を進める。そして、彼らや彼女らが引き継ぐのは、「今の大人達」が築き上げている社会がベースとなる。それが最悪のものであれ、最善のものであれ、引き渡し式で「強制的に」譲与される事になる。
新しい酒は新しい器に入れるという言葉を聞いた事がある。NLP(神経言語プログラミング)的な言葉を使うなら、年数を積み重ねて学んできた(思考/行動/感情)パターンを、新しい目標にフィットした(思考/行動/感情)パターンにソフトのバージョンアップを行い、その新たなソフトを使って、新しい仕組みについて考察する道を歩む時期が来ているのではなかろうか?
「道程」 高村光太郎作
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
今回の出来事は、既存のシステムと新しい動きがぶつかりあって生じた事件や事故の延長線上にあり、この自然災害は何となく最後のダメ出しみたいで、これでも変わりませんかと問いかけられている感じだ。もちろん、自然災害などは、社会の状態と直接な因果関係はないだろうが、人によっては、象徴的な出来事として解釈される事もあり得るだろう。
つまり戦後から高度成長期に築き上げて、暗黙のうちに了としてきたシステムや仕組みを少しずつ変革しながら、新しい仕組みに移行して行く事、すなわちソフトランディング的なアプローチを止め、政権交代という形でハードランディング的な道を国民は選択した。しかし、その後、先行きが見通せない中での今回の出来事に遭遇してしまうと、これを象徴的な捉え方をしてしまう自分が存在するのだ。
いずれ「将来の大人達」にバトンタッチすべき時期が来る。あなたが資産家であろうとなかろうと、経営者であろうとなかろうと、老若男女に関係なく、時の神が次のステージに駒を進める。そして、彼らや彼女らが引き継ぐのは、「今の大人達」が築き上げている社会がベースとなる。それが最悪のものであれ、最善のものであれ、引き渡し式で「強制的に」譲与される事になる。
新しい酒は新しい器に入れるという言葉を聞いた事がある。NLP(神経言語プログラミング)的な言葉を使うなら、年数を積み重ねて学んできた(思考/行動/感情)パターンを、新しい目標にフィットした(思考/行動/感情)パターンにソフトのバージョンアップを行い、その新たなソフトを使って、新しい仕組みについて考察する道を歩む時期が来ているのではなかろうか?
「道程」 高村光太郎作
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
鷲
11/03/01 07:32
昔、ある村に農夫がいて、畑作業や動物たちの世話をしながら、日々の生計を営んでいた。そんな村に、ある男が訪れた。その男は、あちらこちらを旅をしながら、今となっては珍しくなり骨董品となってしまった道具等を集め、それを大きな町で売り払っていたのだ。
さっそく、彼は町の中を散策し、珍しいものを探し始め、すぐにそれが目に留まった。それは、「鷲(わし)」であった。別に鷲そのものが珍しかったわけではなく、空を見上げれば、あちらこちらでお目にかかれた訳だから、その男の目を引いた理由は別にあった。それは、その農夫が卵を手に入れる為に飼っておいた「鶏(にわとり)」と同じ養鶏場に住み、その鶏と同じように行動し、えさをついばんでいたからだ。
男は不思議に思い、農夫にその理由を尋ねた。彼が答えるには、「ある日、森の中をさまよい歩き続けていると、どこからひなの鳴く声がする訳だ。どこから聞こえるのかとあちらこちらと探し歩いていると、大きな木の根元に鷲のひなが落ちているじゃないか。こりゃ、こりゃと思い、抱え、持ち帰ったんだ。」
しかし、その答えに満足せず、男は続けて聞いた。「でも、これは鷲ですよね。にわとりと同じように地面を歩き、餌をついばんでいる姿はちと、驚きましたね。どうなんです?」と。そして農夫も、その質問には直接返答をせず、「だがな、それでどうすればいいんじゃ?」と答えるばかりだった。そこで、男は、農夫に提案した。すなわち、鷲としての可能性を試してはどうだろうかと。
次の日から、その案を実行する事になった。まず、草原にその鷲を連れて行き、そして、鷲に言った。「おまえの本来、いる場所は、にわとり達が生活する、あの空間だろうか。それとも、この広い大地を抱える空の下だろうか。」と。しかし、その鷲はそれまでに住んでいた空間と比べて、あまりに広い空間におびえ、飛び立つ事を断固として拒否した。
そして、次の日。男は、少し小高い丘に、その鷲を連れて行った。前日、広い大地を体験したせいか、鷲は少し、落ち着いていた。そして、男は再び、鷲に話しかけた。「おまえは、いつも地面に張り付いたように歩き、そして、上から落ちてくる餌を探しあるきながら、毎日を過ごしている。これからもずっと、同じような時を積み重ね続けるのか、それとも、自らの翼を使って風の流れに乗りながら、大地を見下ろし、そして生きていく道を選ぶのか。」と。しかし、その鷲は、自らの翼で空を飛ぶという事が信じられず、そこから飛び立つ事が出来なかった。
農夫は言う。「もう、だめなんじゃないのか。それだけ、やっても、やはり、この鷲の姿はみかけだけで、実はにわとりの生活に慣れ親しみすぎて、飛び立つ事が出来ない『鶏』になってしまったんじゃないのかの。」と。男も確かに、その限界を感じ始めていた。が、それでも何か希望のような、ひらめきのようなものも感じていた。それは、日頃、誰も見向きしない古いものから、価値のあるものを見出す仕事をして鍛えられていた一種の勘というものが働いていたせいかもしれない。
翌日、彼は、勝負に出た。その鷲を連れて行った場所は、それまでの場所とは違い、高地にある崖の先端部分であった。そこは、平地とは違い、空気も薄く、また高い場所であったから、太陽からの温かさや紫外線が肌に直接、届くような感じで、そこに長くいると、日焼けしそうであった。そこで男はその鷲に言う。「おまえは、これからどこに行こうとするのだろう。地平線も、草木ではばまれ、部分的に見る事しか出来ない場所である鶏小屋がいいのか、それとも、この横一面に広がる地平線が見える場所か。おまえには、翼がある。それは、鶏には無い。翼があるが故に飛ぶ事も出来る。どちらを選ぶのだろう、天上の存在としてか、それとも地上の存在としてか。」と。
そのとき、その鷲は、上を見た。ギラギラと輝く太陽を。そして、それまで体の中に小さくたたまれていた翼を広げ、ゆっくりと、しかし力強く、上下させ、そして、それを更に加速させ、そして、ついに男の手から離れ、空に向かって、飛び立った。
鷲は、自分がかって住んでいた鶏小屋の上を大きく迂回しながらも、地平線のかなたに消えて行った。
(参照・引用「自己実現への道」p149-p150、M・ジェイムス他著、社会思想社)
さっそく、彼は町の中を散策し、珍しいものを探し始め、すぐにそれが目に留まった。それは、「鷲(わし)」であった。別に鷲そのものが珍しかったわけではなく、空を見上げれば、あちらこちらでお目にかかれた訳だから、その男の目を引いた理由は別にあった。それは、その農夫が卵を手に入れる為に飼っておいた「鶏(にわとり)」と同じ養鶏場に住み、その鶏と同じように行動し、えさをついばんでいたからだ。
男は不思議に思い、農夫にその理由を尋ねた。彼が答えるには、「ある日、森の中をさまよい歩き続けていると、どこからひなの鳴く声がする訳だ。どこから聞こえるのかとあちらこちらと探し歩いていると、大きな木の根元に鷲のひなが落ちているじゃないか。こりゃ、こりゃと思い、抱え、持ち帰ったんだ。」
しかし、その答えに満足せず、男は続けて聞いた。「でも、これは鷲ですよね。にわとりと同じように地面を歩き、餌をついばんでいる姿はちと、驚きましたね。どうなんです?」と。そして農夫も、その質問には直接返答をせず、「だがな、それでどうすればいいんじゃ?」と答えるばかりだった。そこで、男は、農夫に提案した。すなわち、鷲としての可能性を試してはどうだろうかと。
次の日から、その案を実行する事になった。まず、草原にその鷲を連れて行き、そして、鷲に言った。「おまえの本来、いる場所は、にわとり達が生活する、あの空間だろうか。それとも、この広い大地を抱える空の下だろうか。」と。しかし、その鷲はそれまでに住んでいた空間と比べて、あまりに広い空間におびえ、飛び立つ事を断固として拒否した。
そして、次の日。男は、少し小高い丘に、その鷲を連れて行った。前日、広い大地を体験したせいか、鷲は少し、落ち着いていた。そして、男は再び、鷲に話しかけた。「おまえは、いつも地面に張り付いたように歩き、そして、上から落ちてくる餌を探しあるきながら、毎日を過ごしている。これからもずっと、同じような時を積み重ね続けるのか、それとも、自らの翼を使って風の流れに乗りながら、大地を見下ろし、そして生きていく道を選ぶのか。」と。しかし、その鷲は、自らの翼で空を飛ぶという事が信じられず、そこから飛び立つ事が出来なかった。
農夫は言う。「もう、だめなんじゃないのか。それだけ、やっても、やはり、この鷲の姿はみかけだけで、実はにわとりの生活に慣れ親しみすぎて、飛び立つ事が出来ない『鶏』になってしまったんじゃないのかの。」と。男も確かに、その限界を感じ始めていた。が、それでも何か希望のような、ひらめきのようなものも感じていた。それは、日頃、誰も見向きしない古いものから、価値のあるものを見出す仕事をして鍛えられていた一種の勘というものが働いていたせいかもしれない。
翌日、彼は、勝負に出た。その鷲を連れて行った場所は、それまでの場所とは違い、高地にある崖の先端部分であった。そこは、平地とは違い、空気も薄く、また高い場所であったから、太陽からの温かさや紫外線が肌に直接、届くような感じで、そこに長くいると、日焼けしそうであった。そこで男はその鷲に言う。「おまえは、これからどこに行こうとするのだろう。地平線も、草木ではばまれ、部分的に見る事しか出来ない場所である鶏小屋がいいのか、それとも、この横一面に広がる地平線が見える場所か。おまえには、翼がある。それは、鶏には無い。翼があるが故に飛ぶ事も出来る。どちらを選ぶのだろう、天上の存在としてか、それとも地上の存在としてか。」と。
そのとき、その鷲は、上を見た。ギラギラと輝く太陽を。そして、それまで体の中に小さくたたまれていた翼を広げ、ゆっくりと、しかし力強く、上下させ、そして、それを更に加速させ、そして、ついに男の手から離れ、空に向かって、飛び立った。
鷲は、自分がかって住んでいた鶏小屋の上を大きく迂回しながらも、地平線のかなたに消えて行った。
(参照・引用「自己実現への道」p149-p150、M・ジェイムス他著、社会思想社)
前提
08/06/20 15:22
人は何かを表現する時には必ずある前提をおいている。意識して省いている場合もあるが、あまりに当然の事として空気の様に感じている為、触れない場合もある。しかし、時に異文化の人たちとコミュニケーション(相互理解)をとろうとした時に自分自身が持っていた暗黙の前提に気づかされることがある。
2008年2〜3月に朝日新聞で世論調査が実施された。これによれば、信用できない人や企業が6割以上で不信感が目立っており、またその中で日本のインフラを整備・維持すべき立場にいる政治家や官僚への信用度は一番低く18%に過ぎなかった。多分、政官関係者は身内意識として、最善を尽くし、「すべき事」をしていると「信じている」のであろう。しかし視点が同質の文化の中に留まる限り、何が思考の盲点になっているかを自ら悟る事は難しい。やはり本来「前提」の見直しは、違った文化を持った他者との対話の方がより効果的なものとなる。
私たちは、外国での出来事が日常生活にダイレクトに影響する時代に住んでいる。ローカルな人間関係を大事にしつつも、同時に異なる文化との対話を意識的に持つ姿勢が必要である様に思う。
2008年2〜3月に朝日新聞で世論調査が実施された。これによれば、信用できない人や企業が6割以上で不信感が目立っており、またその中で日本のインフラを整備・維持すべき立場にいる政治家や官僚への信用度は一番低く18%に過ぎなかった。多分、政官関係者は身内意識として、最善を尽くし、「すべき事」をしていると「信じている」のであろう。しかし視点が同質の文化の中に留まる限り、何が思考の盲点になっているかを自ら悟る事は難しい。やはり本来「前提」の見直しは、違った文化を持った他者との対話の方がより効果的なものとなる。
私たちは、外国での出来事が日常生活にダイレクトに影響する時代に住んでいる。ローカルな人間関係を大事にしつつも、同時に異なる文化との対話を意識的に持つ姿勢が必要である様に思う。
今昔
08/04/27 20:58
今日、何年かぶりに萩に行ってみた。そこはかって幼き頃に見た風景がそのままに残っていた。多分、新しい建物も増え、道路も新たに作られているはずである。それなのにあまり違った印象を持たなかった。ここに百年以上前、この日本の歴史そのものを大きく変えてしまった人々が存在し、毎日「おはよう」とか「こんにちわ」等の日常会話を繰り返していた。そして何か大きな事件が起きると、ちょうど今みたいに「あそこの息子、〜したそう」などと近所からうわさが飛び通っていたろう。
その当時、人々は当然、徒歩で移動していた。歴史書を読む限り、例えば長州から水戸、高知、薩摩など今なら飛行機か新幹線で行く場所をひたすら徒歩、時に籠に乗り、移動していた。単に「人」に出会い、話しをする為に。今でも東京に行って、山口から来たと言うと、必ず枕詞みたいに言われる言葉が、「まぁ、遠くから来て、大変だったでしょう。」である。これを言われない方が珍しい位で、正直この言葉には食傷気味である。そして「歩いて移動してきた時代と比べて、はるかに楽だよな。何しろ、移動もその当時は命がけ。しかも今の標準語がある時代とは違い、方言だらけの時代で意思疎通に困難さがあった訳だから」などと思わず、独り言をつぶやいてしまう事もある。
彼らは何を求めてそんな旅を続けていたのだろう。水戸、高知、薩摩への「観光旅行」だろうか。多分、違う。それは「人」に会いに、そしてその人が持つ考え方や情報をどん欲に求めて移動していたのではないだろうか。「場」は人材を育成する空間であり、そこに時代の流れを背負った人が存在する時に初めてその「場」が活性化される。彼らの様な「とがった」感性を持った人材だったからこそ、情報が集中している江戸からはるかに離れた場所においても、時代の流れを感じ取り、大きな波に乗る事が出来、結果として周りに人が集っていた。
今、彼らの姿から学ぶべきものはないのであろうか。
「価値」
08/04/10 18:00
「お客様は電気ドリルが欲しいんじゃない、穴が欲しいんだ」
「電気ドリル」事業の創始者は、血のにじむ様な思いをして消費者の「穴」が欲しいという課題を「電気ドリル」という商品で解決し、大きな事業体にまで発展させた。時代が経るにつれ、消費者の「穴」へのニーズが徐々に変容し、多様なアプローチの仕方を求める様になり、他の道具へのシフトが起きてきた。それに対して「電気ドリル」協会は、他の道具の「穴」を開けるプロセスに危険性があり、それを検証する社会的仕組みが必要だと政府に働きかけ、許認可制度を新たに設けた。(注)
お客様はあくまでも顧客価値(=穴)を求め、それを効果的、効率的に実現する為の商品(=電気ドリル)を購入している訳である。お客様が見るのは、提供価値ではなく、顧客価値である。ところが、企業側はひたすら自社の提供価値を見続け、ベンチマーキング的に改善を図ろうとする。短期的には両者間で大きなギャップは生じないであろう。が、技術革新や生活様式の変化、そして人々の意識や価値観が変わるにつれ、業界全体の売上伸び率の伸び悩みや利益率の低下などが生じ始め、顧客価値と提供価値との間のズレは大きくなる。そして創業者が消費者の思いを汲み上げて事業を発展させたのに対し、その後継者は身内に目を向け続け、ますます消費者との距離感を広げていく。
「何が消費者の求める顧客価値か」を考え続ける事が持続可能な事業活動の秘訣ではなかろうか。
(注.もちろん、ここでの「電気ドリル」はたとえ話の一例で取り上げたに過ぎず、製品そのものに意味がある訳ではない。)
「電気ドリル」事業の創始者は、血のにじむ様な思いをして消費者の「穴」が欲しいという課題を「電気ドリル」という商品で解決し、大きな事業体にまで発展させた。時代が経るにつれ、消費者の「穴」へのニーズが徐々に変容し、多様なアプローチの仕方を求める様になり、他の道具へのシフトが起きてきた。それに対して「電気ドリル」協会は、他の道具の「穴」を開けるプロセスに危険性があり、それを検証する社会的仕組みが必要だと政府に働きかけ、許認可制度を新たに設けた。(注)
お客様はあくまでも顧客価値(=穴)を求め、それを効果的、効率的に実現する為の商品(=電気ドリル)を購入している訳である。お客様が見るのは、提供価値ではなく、顧客価値である。ところが、企業側はひたすら自社の提供価値を見続け、ベンチマーキング的に改善を図ろうとする。短期的には両者間で大きなギャップは生じないであろう。が、技術革新や生活様式の変化、そして人々の意識や価値観が変わるにつれ、業界全体の売上伸び率の伸び悩みや利益率の低下などが生じ始め、顧客価値と提供価値との間のズレは大きくなる。そして創業者が消費者の思いを汲み上げて事業を発展させたのに対し、その後継者は身内に目を向け続け、ますます消費者との距離感を広げていく。
「何が消費者の求める顧客価値か」を考え続ける事が持続可能な事業活動の秘訣ではなかろうか。
(注.もちろん、ここでの「電気ドリル」はたとえ話の一例で取り上げたに過ぎず、製品そのものに意味がある訳ではない。)
第二ステージ
08/04/04 02:38
Gyao の村上氏のインタビューを見ていると、プログラム作成する上で考慮すべき点として、キャスティング、企画、ファイナンスが あるそうだ。この3分類を既存のテレビとネットにあてはめて考えるなら、キャスティングをフロントラインやバックヤードでの人材配置(つまり番組での出演者と裏方を支えるスタッフ)、企画を シナリオと例えるなら、既存の TV 業界は、一方向性という特徴 を最大限生かせるような企画とキャスティングに関するノウハ ウを蓄積し、長い年月をかけて膨大なライブラリーを築き上げてきた。一方で、インターネットという双方向通信の世界で鍛えられたGyaoは、地上波と比較すると不十分なキャスティング力を補う為に企画力を磨き上げ、ここまで成長してきたと思える。例えるなら、放送番組のプログラムは一種の舞台演出であるのに対し、楽天の世界は観客の動向によって常にそのサービスが変化し続ける RPG の ようなものだろう。
今までこの一方向性と双方向性は商業ベース的には、技術的理由によ り、交わる事がなかった。ところがブロードバンド、圧縮方法や光ファイ バーの技術的進歩により、インフラがますます以前より、低コストで敷 設される様になり、「電波」で送るデータ「有線」で送るデータの量の 差が小さくなった。そしてその結果、視聴者の目から見て、テレビとネット「テレビ」の差はなくなり、今や許認可の元で運営されていた地上波並びに衛星放送が放映していたプログラムとほとんど遜色のないものになった。
一見するだけでは、これがネットテレビなのか、許認可テレビなのか区別がつかない状況の中では、それまで「動画」のストリーミング配信(放映)が独占的に認められてきた許認可テレビの視聴率やスポンサー収入に影響が出るのは必然であろう。一連の流れを見ていると、「イノベーションのジレンマ」のいう、当初はローテクの製品が低価格、低利益率で成長し、やがては高い技術を獲得するにつれ、それまでの伝統的な製品を打ち負かしていくという可能性さえあるのかなと思う事もある。さて、今やWeb2.0の世界のまっただ中、これからはどんなサービスを展開してくれるのか期待したい。
今までこの一方向性と双方向性は商業ベース的には、技術的理由によ り、交わる事がなかった。ところがブロードバンド、圧縮方法や光ファイ バーの技術的進歩により、インフラがますます以前より、低コストで敷 設される様になり、「電波」で送るデータ「有線」で送るデータの量の 差が小さくなった。そしてその結果、視聴者の目から見て、テレビとネット「テレビ」の差はなくなり、今や許認可の元で運営されていた地上波並びに衛星放送が放映していたプログラムとほとんど遜色のないものになった。
一見するだけでは、これがネットテレビなのか、許認可テレビなのか区別がつかない状況の中では、それまで「動画」のストリーミング配信(放映)が独占的に認められてきた許認可テレビの視聴率やスポンサー収入に影響が出るのは必然であろう。一連の流れを見ていると、「イノベーションのジレンマ」のいう、当初はローテクの製品が低価格、低利益率で成長し、やがては高い技術を獲得するにつれ、それまでの伝統的な製品を打ち負かしていくという可能性さえあるのかなと思う事もある。さて、今やWeb2.0の世界のまっただ中、これからはどんなサービスを展開してくれるのか期待したい。
成長するリーダーシップ
08/04/02 16:33
ひとつのアイデアが生まれる。「こうしたら、おもしろい」とか、「こうしたら、潜在的なニーズを埋めるサービスが提供できるのではないのか。そして会社として飛躍できるのではないのか」などなど、面白い様に様々なアイデアが出てくるだろう。
しかし、実際そのアイデアは単なるアイデアに過ぎず、「モデル」にまでバージョンアップするには調達可能なリソースを噛み合わせ、処理する「オペレーション」が必要である。更にそのオペレーションの結果、生まれる「商品」の市場での価値を高める「マーケティング」とそれを継続的に実行足らしめる「マネジメント」を創造した時に初めて、ひとつの「とりあえずの」モデルが出来上がる。しかもそれだけでは事業としては成立し得ず、更にその「たたき台」を踏まえた上で、周りの人たちを巻き込んでやっと新たな事業を出産する。この巻き込むという活動とモデルを構築する活動には、どうも別な才能が求められている様な気がする。
ただ、逆に共通する要素もある。それは、人間が持つ「可能性」への信仰であったり、そしてそんな彼ら、彼女らが生み出す「作品」への尊敬の念である。よく聞かれる言葉の「Give&Take」でも、Giveが前でありTakeが後なのである。このフレーズは人間関係を円滑に進める為の生活の知恵である様に感じているが、人によっては、「Give, Give, Give, Give, and Take」という人さえもいる。
「Take先行」の背景には、自分自身を確信させる対象が自分自身ではなく、周りの人も理解できる目に見えるモノを重視している感がある。だからモノに固執するし、自分を安心させる為の担保を相手に求め、Takeを先にしてしまう。Take先行で人と接すれば、相手は「取られまい」と意識し、何か取られてしまうのではないのかと疑心暗鬼になり、そしてその人との長期的な関係を築く事は難しい。一方、Give「出来る」人には、「目に見えない」存在への信頼であったり、つながりの大事さがその体に染み付いている。だからこそ、Takeを即物的に求める事なく、待つ事が出来る。
人は神や仏にあらず、不完全な存在。でも、より完全でありたいと願い、そして多分到達し得ない「完全さ」を目指して、歩み続ける姿勢の中で、少なくとも落第点でない程度のリーダーシップが発揮できるのではないかと自問自答している。
しかし、実際そのアイデアは単なるアイデアに過ぎず、「モデル」にまでバージョンアップするには調達可能なリソースを噛み合わせ、処理する「オペレーション」が必要である。更にそのオペレーションの結果、生まれる「商品」の市場での価値を高める「マーケティング」とそれを継続的に実行足らしめる「マネジメント」を創造した時に初めて、ひとつの「とりあえずの」モデルが出来上がる。しかもそれだけでは事業としては成立し得ず、更にその「たたき台」を踏まえた上で、周りの人たちを巻き込んでやっと新たな事業を出産する。この巻き込むという活動とモデルを構築する活動には、どうも別な才能が求められている様な気がする。
ただ、逆に共通する要素もある。それは、人間が持つ「可能性」への信仰であったり、そしてそんな彼ら、彼女らが生み出す「作品」への尊敬の念である。よく聞かれる言葉の「Give&Take」でも、Giveが前でありTakeが後なのである。このフレーズは人間関係を円滑に進める為の生活の知恵である様に感じているが、人によっては、「Give, Give, Give, Give, and Take」という人さえもいる。
「Take先行」の背景には、自分自身を確信させる対象が自分自身ではなく、周りの人も理解できる目に見えるモノを重視している感がある。だからモノに固執するし、自分を安心させる為の担保を相手に求め、Takeを先にしてしまう。Take先行で人と接すれば、相手は「取られまい」と意識し、何か取られてしまうのではないのかと疑心暗鬼になり、そしてその人との長期的な関係を築く事は難しい。一方、Give「出来る」人には、「目に見えない」存在への信頼であったり、つながりの大事さがその体に染み付いている。だからこそ、Takeを即物的に求める事なく、待つ事が出来る。
人は神や仏にあらず、不完全な存在。でも、より完全でありたいと願い、そして多分到達し得ない「完全さ」を目指して、歩み続ける姿勢の中で、少なくとも落第点でない程度のリーダーシップが発揮できるのではないかと自問自答している。
サービスアパートメントレジデンス
08/03/31 13:52
以前、英文で自己推薦状を書く機会があった時に、当時住んでいた場所が「〜マンション」という宛名だった為に、英文の住所でも"mansion"と文字通り英訳して出した事があった。後日、その話をしたところ、ある人から「外国ではそれは豪邸を意味するから、ずいぶん大金持ちだと思われただろうね。」と言われた事があった。多分、あちこちに「マンション」という表現がどんな小さな建物で使われていた覚えがあり、今振り返ってみれば、類似語の「アパートメント」という言葉よりは響きが良いという感じで使われていたのではないかなと思う。
さて、時代も変わり、今、「サービスアパートメントレジデンス」という言葉が徐々に使われる様になっている。これは「ホテルに近い家具付き賃貸住宅」という意味で使われており、大手不動産会社やホテルが企画開発をしている。まだまだ全国的には普及しておらず、東京地区を中心に事業展開されているが、いずれ他の大都市圏内にも進出するであろう。
ホテルは、「客人や宿主」を意味するhospes」が語源であり、非常に危険な都市間の移動をする旅人の宿泊や看病をする活動を教会が初めた事に由来する。ホテル事業には、宿泊や飲食といったフロントライン機能からそれをバックヤードで支える人事、マーケティング、会計、エンジニアから組織が成り立つ。
今回のレジデンスは、通常のホテル事業と異なり、滞在期間が長く、それまでの単に安全機能や宿泊機能だけではカバーしきれない要素も当然出てくる事であろう。ホテル施設そのものは、人が集う場であり、その場を利用して宿泊したり、各種のイベント開催している、いわば総合サービス事業的な要素がある。長期滞在型のレジデンスサービスの到来は、今までにない新たなサービスニーズを生むひとつのきっかけになるであろう。
さて、時代も変わり、今、「サービスアパートメントレジデンス」という言葉が徐々に使われる様になっている。これは「ホテルに近い家具付き賃貸住宅」という意味で使われており、大手不動産会社やホテルが企画開発をしている。まだまだ全国的には普及しておらず、東京地区を中心に事業展開されているが、いずれ他の大都市圏内にも進出するであろう。
ホテルは、「客人や宿主」を意味するhospes」が語源であり、非常に危険な都市間の移動をする旅人の宿泊や看病をする活動を教会が初めた事に由来する。ホテル事業には、宿泊や飲食といったフロントライン機能からそれをバックヤードで支える人事、マーケティング、会計、エンジニアから組織が成り立つ。
今回のレジデンスは、通常のホテル事業と異なり、滞在期間が長く、それまでの単に安全機能や宿泊機能だけではカバーしきれない要素も当然出てくる事であろう。ホテル施設そのものは、人が集う場であり、その場を利用して宿泊したり、各種のイベント開催している、いわば総合サービス事業的な要素がある。長期滞在型のレジデンスサービスの到来は、今までにない新たなサービスニーズを生むひとつのきっかけになるであろう。

