三族物語
11/11/28 13:39 格納先: 彼方への想い
• ❑ 昔あるところに、ハリネズミ族とキツネ族、そして王族の3つの部族が共に住む国があった。この国がいつ成立したのかは不明だが、混沌として、ひとつの国としてのかたまりがなかった頃、後から入ってきた今の王族が、ふたつの部族をひとつにまとめあげたのが、この国の初まりであったらしい。
• ❑ キツネ族は、物の商いを生業とする人々が多く、馬車や船の移動により、各地の珍しいものや貴重な物を他の地域で販売し、日々の糧を得ていた。反面、ハリネズミ族は、農業を主体とし、一カ所に定住しているものがほとんどであった。二つの部族は、それらの仕事に長らく従事しているうちに、民族としての特徴として、キツネ族のことを、「動きし者」として、そしてハリネズミ族のことを、「止まりし者」として呼ばれ、それらがそれぞれの民族の特徴となっていた。
• ❑ 一定の習慣がやがて一つの人格を形成すると言われる通り、二つの部族の性格は全く異なる様になり、キツネ族は好奇心あふれる活動を好み、発明や芸術活動に従事するものが多いのに対し、、ハリネズミ族は一カ所に定住する活動の多い、宮廷生活を支える事務的な作業や工具などを創り出す工房で働くものが多かった。
• ❑ 王族は、そんな二つの性格の全く異なる部族の間で生じやすい摩擦を和らげ、仲介する立場にあり、両部族からは尊厳のまなざしで見られていた。そしてその証しとして、両部族は日々の王族の生活を支える様々な貢ぎ物を王族に献上していた。
• ❑ 「動きし者」は他の地域からモノを持ち帰るだけでなく、同時に幾百のお話を持ち帰り、故郷にいる両部族の「小さき者」の好奇心をかき立て、成長の糧として、次の代の活動の源泉となっていた。つまり「動きし者」の活動には、初め小さい目立たない変化を、そしてそれが繰り返される内に普通の波を、更にやがて大きな波をもたらすような影響力があったのだ。
• ❑ 一つの国として形が完成して長い時が過ぎた。そして、人々も年老い、そして小さき者も年を取り、やがて一つの代から次の代に時代が変わりつつあった。そして、それを象徴する初代の王様が、この世を去り、この国も次の時代に移って行き、新たな王様が生まれた。
• ❑ 新たに王様となった彼は、恐れた。そう、失う事を。変化を恐れ、その変化を止める道を選択し、「動きし者」の動きを止める方向に歩んでいた。が、王様は知らなかった。その止めようとしていたものの中には、単に「動きし者」の好奇心だけでなく、「止まりし者」の活動の源泉だった情熱も含まれていた。何故なら、何が許され、何が許されないかを決めるのは、王様だけであり、人々がそこに入り込む余地が無くなったからだ。「動きし者」は行動を止め、「止まりし者」は自ら考える事を止めた。
• ❑ 恐れは怒りにつながり、怒りは憎悪につながり、憎悪は苦しみにつながる。今や、王様の恐れは、国民の苦しみを生み出すようになり、荒れた国になってしまった。そう、あの勇者が現れ、再びこの国を輝く土地にするまでは。
• ❑ キツネ族は、物の商いを生業とする人々が多く、馬車や船の移動により、各地の珍しいものや貴重な物を他の地域で販売し、日々の糧を得ていた。反面、ハリネズミ族は、農業を主体とし、一カ所に定住しているものがほとんどであった。二つの部族は、それらの仕事に長らく従事しているうちに、民族としての特徴として、キツネ族のことを、「動きし者」として、そしてハリネズミ族のことを、「止まりし者」として呼ばれ、それらがそれぞれの民族の特徴となっていた。
• ❑ 一定の習慣がやがて一つの人格を形成すると言われる通り、二つの部族の性格は全く異なる様になり、キツネ族は好奇心あふれる活動を好み、発明や芸術活動に従事するものが多いのに対し、、ハリネズミ族は一カ所に定住する活動の多い、宮廷生活を支える事務的な作業や工具などを創り出す工房で働くものが多かった。
• ❑ 王族は、そんな二つの性格の全く異なる部族の間で生じやすい摩擦を和らげ、仲介する立場にあり、両部族からは尊厳のまなざしで見られていた。そしてその証しとして、両部族は日々の王族の生活を支える様々な貢ぎ物を王族に献上していた。
• ❑ 「動きし者」は他の地域からモノを持ち帰るだけでなく、同時に幾百のお話を持ち帰り、故郷にいる両部族の「小さき者」の好奇心をかき立て、成長の糧として、次の代の活動の源泉となっていた。つまり「動きし者」の活動には、初め小さい目立たない変化を、そしてそれが繰り返される内に普通の波を、更にやがて大きな波をもたらすような影響力があったのだ。
• ❑ 一つの国として形が完成して長い時が過ぎた。そして、人々も年老い、そして小さき者も年を取り、やがて一つの代から次の代に時代が変わりつつあった。そして、それを象徴する初代の王様が、この世を去り、この国も次の時代に移って行き、新たな王様が生まれた。
• ❑ 新たに王様となった彼は、恐れた。そう、失う事を。変化を恐れ、その変化を止める道を選択し、「動きし者」の動きを止める方向に歩んでいた。が、王様は知らなかった。その止めようとしていたものの中には、単に「動きし者」の好奇心だけでなく、「止まりし者」の活動の源泉だった情熱も含まれていた。何故なら、何が許され、何が許されないかを決めるのは、王様だけであり、人々がそこに入り込む余地が無くなったからだ。「動きし者」は行動を止め、「止まりし者」は自ら考える事を止めた。
• ❑ 恐れは怒りにつながり、怒りは憎悪につながり、憎悪は苦しみにつながる。今や、王様の恐れは、国民の苦しみを生み出すようになり、荒れた国になってしまった。そう、あの勇者が現れ、再びこの国を輝く土地にするまでは。
試練
11/03/15 08:47 格納先: 彼方への想い
今、日本はこれでもか、これでもかと言わんばかりのチャレンジを天から受けている様な気がする。テレビのスイッチを入れれば、全く律儀にそれを正確に伝えようとする番組が朝から夜まで流れている。この様な現状の中にいると、不景気の真ん中にいた感があった数ヶ月前がもっと明るかった気がしてしまうから不思議だ。
今回の出来事は、既存のシステムと新しい動きがぶつかりあって生じた事件や事故の延長線上にあり、この自然災害は何となく最後のダメ出しみたいで、これでも変わりませんかと問いかけられている感じだ。もちろん、自然災害などは、社会の状態と直接な因果関係はないだろうが、人によっては、象徴的な出来事として解釈される事もあり得るだろう。
つまり戦後から高度成長期に築き上げて、暗黙のうちに了としてきたシステムや仕組みを少しずつ変革しながら、新しい仕組みに移行して行く事、すなわちソフトランディング的なアプローチを止め、政権交代という形でハードランディング的な道を国民は選択した。しかし、その後、先行きが見通せない中での今回の出来事に遭遇してしまうと、これを象徴的な捉え方をしてしまう自分が存在するのだ。
いずれ「将来の大人達」にバトンタッチすべき時期が来る。あなたが資産家であろうとなかろうと、経営者であろうとなかろうと、老若男女に関係なく、時の神が次のステージに駒を進める。そして、彼らや彼女らが引き継ぐのは、「今の大人達」が築き上げている社会がベースとなる。それが最悪のものであれ、最善のものであれ、引き渡し式で「強制的に」譲与される事になる。
新しい酒は新しい器に入れるという言葉を聞いた事がある。NLP(神経言語プログラミング)的な言葉を使うなら、年数を積み重ねて学んできた(思考/行動/感情)パターンを、新しい目標にフィットした(思考/行動/感情)パターンにソフトのバージョンアップを行い、その新たなソフトを使って、新しい仕組みについて考察する道を歩む時期が来ているのではなかろうか?
「道程」 高村光太郎作
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
今回の出来事は、既存のシステムと新しい動きがぶつかりあって生じた事件や事故の延長線上にあり、この自然災害は何となく最後のダメ出しみたいで、これでも変わりませんかと問いかけられている感じだ。もちろん、自然災害などは、社会の状態と直接な因果関係はないだろうが、人によっては、象徴的な出来事として解釈される事もあり得るだろう。
つまり戦後から高度成長期に築き上げて、暗黙のうちに了としてきたシステムや仕組みを少しずつ変革しながら、新しい仕組みに移行して行く事、すなわちソフトランディング的なアプローチを止め、政権交代という形でハードランディング的な道を国民は選択した。しかし、その後、先行きが見通せない中での今回の出来事に遭遇してしまうと、これを象徴的な捉え方をしてしまう自分が存在するのだ。
いずれ「将来の大人達」にバトンタッチすべき時期が来る。あなたが資産家であろうとなかろうと、経営者であろうとなかろうと、老若男女に関係なく、時の神が次のステージに駒を進める。そして、彼らや彼女らが引き継ぐのは、「今の大人達」が築き上げている社会がベースとなる。それが最悪のものであれ、最善のものであれ、引き渡し式で「強制的に」譲与される事になる。
新しい酒は新しい器に入れるという言葉を聞いた事がある。NLP(神経言語プログラミング)的な言葉を使うなら、年数を積み重ねて学んできた(思考/行動/感情)パターンを、新しい目標にフィットした(思考/行動/感情)パターンにソフトのバージョンアップを行い、その新たなソフトを使って、新しい仕組みについて考察する道を歩む時期が来ているのではなかろうか?
「道程」 高村光太郎作
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
鷲
11/03/01 07:32 格納先: 彼方への想い
昔、ある村に農夫がいて、畑作業や動物たちの世話をしながら、日々の生計を営んでいた。そんな村に、ある男が訪れた。その男は、あちらこちらを旅をしながら、今となっては珍しくなり骨董品となってしまった道具等を集め、それを大きな町で売り払っていたのだ。
さっそく、彼は町の中を散策し、珍しいものを探し始め、すぐにそれが目に留まった。それは、「鷲(わし)」であった。別に鷲そのものが珍しかったわけではなく、空を見上げれば、あちらこちらでお目にかかれた訳だから、その男の目を引いた理由は別にあった。それは、その農夫が卵を手に入れる為に飼っておいた「鶏(にわとり)」と同じ養鶏場に住み、その鶏と同じように行動し、えさをついばんでいたからだ。
男は不思議に思い、農夫にその理由を尋ねた。彼が答えるには、「ある日、森の中をさまよい歩き続けていると、どこからひなの鳴く声がする訳だ。どこから聞こえるのかとあちらこちらと探し歩いていると、大きな木の根元に鷲のひなが落ちているじゃないか。こりゃ、こりゃと思い、抱え、持ち帰ったんだ。」
しかし、その答えに満足せず、男は続けて聞いた。「でも、これは鷲ですよね。にわとりと同じように地面を歩き、餌をついばんでいる姿はちと、驚きましたね。どうなんです?」と。そして農夫も、その質問には直接返答をせず、「だがな、それでどうすればいいんじゃ?」と答えるばかりだった。そこで、男は、農夫に提案した。すなわち、鷲としての可能性を試してはどうだろうかと。
次の日から、その案を実行する事になった。まず、草原にその鷲を連れて行き、そして、鷲に言った。「おまえの本来、いる場所は、にわとり達が生活する、あの空間だろうか。それとも、この広い大地を抱える空の下だろうか。」と。しかし、その鷲はそれまでに住んでいた空間と比べて、あまりに広い空間におびえ、飛び立つ事を断固として拒否した。
そして、次の日。男は、少し小高い丘に、その鷲を連れて行った。前日、広い大地を体験したせいか、鷲は少し、落ち着いていた。そして、男は再び、鷲に話しかけた。「おまえは、いつも地面に張り付いたように歩き、そして、上から落ちてくる餌を探しあるきながら、毎日を過ごしている。これからもずっと、同じような時を積み重ね続けるのか、それとも、自らの翼を使って風の流れに乗りながら、大地を見下ろし、そして生きていく道を選ぶのか。」と。しかし、その鷲は、自らの翼で空を飛ぶという事が信じられず、そこから飛び立つ事が出来なかった。
農夫は言う。「もう、だめなんじゃないのか。それだけ、やっても、やはり、この鷲の姿はみかけだけで、実はにわとりの生活に慣れ親しみすぎて、飛び立つ事が出来ない『鶏』になってしまったんじゃないのかの。」と。男も確かに、その限界を感じ始めていた。が、それでも何か希望のような、ひらめきのようなものも感じていた。それは、日頃、誰も見向きしない古いものから、価値のあるものを見出す仕事をして鍛えられていた一種の勘というものが働いていたせいかもしれない。
翌日、彼は、勝負に出た。その鷲を連れて行った場所は、それまでの場所とは違い、高地にある崖の先端部分であった。そこは、平地とは違い、空気も薄く、また高い場所であったから、太陽からの温かさや紫外線が肌に直接、届くような感じで、そこに長くいると、日焼けしそうであった。そこで男はその鷲に言う。「おまえは、これからどこに行こうとするのだろう。地平線も、草木ではばまれ、部分的に見る事しか出来ない場所である鶏小屋がいいのか、それとも、この横一面に広がる地平線が見える場所か。おまえには、翼がある。それは、鶏には無い。翼があるが故に飛ぶ事も出来る。どちらを選ぶのだろう、天上の存在としてか、それとも地上の存在としてか。」と。
そのとき、その鷲は、上を見た。ギラギラと輝く太陽を。そして、それまで体の中に小さくたたまれていた翼を広げ、ゆっくりと、しかし力強く、上下させ、そして、それを更に加速させ、そして、ついに男の手から離れ、空に向かって、飛び立った。
鷲は、自分がかって住んでいた鶏小屋の上を大きく迂回しながらも、地平線のかなたに消えて行った。
(参照・引用「自己実現への道」p149-p150、M・ジェイムス他著、社会思想社)
さっそく、彼は町の中を散策し、珍しいものを探し始め、すぐにそれが目に留まった。それは、「鷲(わし)」であった。別に鷲そのものが珍しかったわけではなく、空を見上げれば、あちらこちらでお目にかかれた訳だから、その男の目を引いた理由は別にあった。それは、その農夫が卵を手に入れる為に飼っておいた「鶏(にわとり)」と同じ養鶏場に住み、その鶏と同じように行動し、えさをついばんでいたからだ。
男は不思議に思い、農夫にその理由を尋ねた。彼が答えるには、「ある日、森の中をさまよい歩き続けていると、どこからひなの鳴く声がする訳だ。どこから聞こえるのかとあちらこちらと探し歩いていると、大きな木の根元に鷲のひなが落ちているじゃないか。こりゃ、こりゃと思い、抱え、持ち帰ったんだ。」
しかし、その答えに満足せず、男は続けて聞いた。「でも、これは鷲ですよね。にわとりと同じように地面を歩き、餌をついばんでいる姿はちと、驚きましたね。どうなんです?」と。そして農夫も、その質問には直接返答をせず、「だがな、それでどうすればいいんじゃ?」と答えるばかりだった。そこで、男は、農夫に提案した。すなわち、鷲としての可能性を試してはどうだろうかと。
次の日から、その案を実行する事になった。まず、草原にその鷲を連れて行き、そして、鷲に言った。「おまえの本来、いる場所は、にわとり達が生活する、あの空間だろうか。それとも、この広い大地を抱える空の下だろうか。」と。しかし、その鷲はそれまでに住んでいた空間と比べて、あまりに広い空間におびえ、飛び立つ事を断固として拒否した。
そして、次の日。男は、少し小高い丘に、その鷲を連れて行った。前日、広い大地を体験したせいか、鷲は少し、落ち着いていた。そして、男は再び、鷲に話しかけた。「おまえは、いつも地面に張り付いたように歩き、そして、上から落ちてくる餌を探しあるきながら、毎日を過ごしている。これからもずっと、同じような時を積み重ね続けるのか、それとも、自らの翼を使って風の流れに乗りながら、大地を見下ろし、そして生きていく道を選ぶのか。」と。しかし、その鷲は、自らの翼で空を飛ぶという事が信じられず、そこから飛び立つ事が出来なかった。
農夫は言う。「もう、だめなんじゃないのか。それだけ、やっても、やはり、この鷲の姿はみかけだけで、実はにわとりの生活に慣れ親しみすぎて、飛び立つ事が出来ない『鶏』になってしまったんじゃないのかの。」と。男も確かに、その限界を感じ始めていた。が、それでも何か希望のような、ひらめきのようなものも感じていた。それは、日頃、誰も見向きしない古いものから、価値のあるものを見出す仕事をして鍛えられていた一種の勘というものが働いていたせいかもしれない。
翌日、彼は、勝負に出た。その鷲を連れて行った場所は、それまでの場所とは違い、高地にある崖の先端部分であった。そこは、平地とは違い、空気も薄く、また高い場所であったから、太陽からの温かさや紫外線が肌に直接、届くような感じで、そこに長くいると、日焼けしそうであった。そこで男はその鷲に言う。「おまえは、これからどこに行こうとするのだろう。地平線も、草木ではばまれ、部分的に見る事しか出来ない場所である鶏小屋がいいのか、それとも、この横一面に広がる地平線が見える場所か。おまえには、翼がある。それは、鶏には無い。翼があるが故に飛ぶ事も出来る。どちらを選ぶのだろう、天上の存在としてか、それとも地上の存在としてか。」と。
そのとき、その鷲は、上を見た。ギラギラと輝く太陽を。そして、それまで体の中に小さくたたまれていた翼を広げ、ゆっくりと、しかし力強く、上下させ、そして、それを更に加速させ、そして、ついに男の手から離れ、空に向かって、飛び立った。
鷲は、自分がかって住んでいた鶏小屋の上を大きく迂回しながらも、地平線のかなたに消えて行った。
(参照・引用「自己実現への道」p149-p150、M・ジェイムス他著、社会思想社)
ワーク(喪失感の先に)
09/11/17 11:57 格納先: NLP
卓越したモデルから学び、それを実践して行く事を目的とするNLPの中に、喪失感を乗り越え、成長していくためのワーク(左書籍参照pp303-306)があり、それをここで紹介しよう。
喪失感そのものは決して悪い事ではなく、人としてより深みのある人間らしさを獲得する上で、必要なプロセスであるとも言える。ただ、もしここで問題があるとするなら、この感情にあまりに埋没し過ぎて、新たな一歩を踏み出せない状況になっている時であろう。そしてこの「喪失」を体感している時のその人の頭にある「地図」が、この問題を解く鍵となる。
外界で生じている出来事自体は、中立的で、喪失感を引き起こしている訳ではない。それを見聞きしている人がそこに意味を見いだしているから、結果として「喪失感」を感じているのである。つまり外界の出来事と感情の間には、そのふたつをつなぐ架け橋の様なものがあるのだ。
それでは、ひとつの方法として、この架け橋の再構築を創り上げて行く流れを示したい。
1)悲観している対象を特定する。
喪失した人や物、動物などについて思い浮かべてみる。そのイメージはどのように見えているであろう?現実には、「失って」しまったものであり、この時に思い描くイメージは程度の差こそあれ、今存在するものと比較して、より現実感が乏しいであろう。
2)自分自身の行動や思考を制限している悲観を特定する。
未来に向けて考えたり、行動しようとする時に、いつも出て来てしまう、行き詰まり感を感じさせる悲観は、どれだろうか?そして、その状態はどんな感じで、何がその行き詰まっている感じを与えているのだろうか?
3)「特別な思い出」を特定する。
その喪失した対象物や人との特別な思い出を振り返る。その時の体験は、今の自分にどのような意味があるのであろうか?これからもずっと大事にして行きたいと思うものは何であろうか?
4)その喪失してしまった対象物や人物からのリソースを特定する。
もうすでに生活の一部ではなくなってしまった対象物や人物を思い出す時に、安らぎや心地よさを感じる経験には、どのようなものがあるだろうか?そして、そのプラスの感情を生み出しているものは何だろうか?
5)このリソースを維持する事を確認する。
これからもずっと、このプラスの感情をもたらしているリソースを、悲観の代わりに、持ち続ける事に自分の中で、納得感があるだろうか?
6)その価値ある体験を再現する。
その対象物や人物と一緒に過ごした特別な時間を思い出してみる。まるで、等身大のその対象物や人物がそこにいるかのように。そしてこのプラスの感情をしばらく味わってみる。
7)価値観を特定する。
これからもこの状態を続けて行く為に、対象から感じ取られた価値観を特定し、それらをすべて象徴するひとつのイメージを創り上げ、そのイメージを自分の中に取り込む。
8)これからの自分の姿をイメージしてみる。
そのイメージを内在化した自分自身の未来がこれからどうなっていくのかを想像してみよう。そしてその財産を持ち続ける事で、いかに自分を豊かにしていくのかについても感じてみよう。
9)再確認する。
それでは、その人のことを考えてみよう。以前と同じ様な悲観が、まだそこにあるかどうかの確認をする。
喪失感そのものは決して悪い事ではなく、人としてより深みのある人間らしさを獲得する上で、必要なプロセスであるとも言える。ただ、もしここで問題があるとするなら、この感情にあまりに埋没し過ぎて、新たな一歩を踏み出せない状況になっている時であろう。そしてこの「喪失」を体感している時のその人の頭にある「地図」が、この問題を解く鍵となる。
外界で生じている出来事自体は、中立的で、喪失感を引き起こしている訳ではない。それを見聞きしている人がそこに意味を見いだしているから、結果として「喪失感」を感じているのである。つまり外界の出来事と感情の間には、そのふたつをつなぐ架け橋の様なものがあるのだ。
それでは、ひとつの方法として、この架け橋の再構築を創り上げて行く流れを示したい。
1)悲観している対象を特定する。
喪失した人や物、動物などについて思い浮かべてみる。そのイメージはどのように見えているであろう?現実には、「失って」しまったものであり、この時に思い描くイメージは程度の差こそあれ、今存在するものと比較して、より現実感が乏しいであろう。
2)自分自身の行動や思考を制限している悲観を特定する。
未来に向けて考えたり、行動しようとする時に、いつも出て来てしまう、行き詰まり感を感じさせる悲観は、どれだろうか?そして、その状態はどんな感じで、何がその行き詰まっている感じを与えているのだろうか?
3)「特別な思い出」を特定する。
その喪失した対象物や人との特別な思い出を振り返る。その時の体験は、今の自分にどのような意味があるのであろうか?これからもずっと大事にして行きたいと思うものは何であろうか?
4)その喪失してしまった対象物や人物からのリソースを特定する。
もうすでに生活の一部ではなくなってしまった対象物や人物を思い出す時に、安らぎや心地よさを感じる経験には、どのようなものがあるだろうか?そして、そのプラスの感情を生み出しているものは何だろうか?
5)このリソースを維持する事を確認する。
これからもずっと、このプラスの感情をもたらしているリソースを、悲観の代わりに、持ち続ける事に自分の中で、納得感があるだろうか?
6)その価値ある体験を再現する。
その対象物や人物と一緒に過ごした特別な時間を思い出してみる。まるで、等身大のその対象物や人物がそこにいるかのように。そしてこのプラスの感情をしばらく味わってみる。
7)価値観を特定する。
これからもこの状態を続けて行く為に、対象から感じ取られた価値観を特定し、それらをすべて象徴するひとつのイメージを創り上げ、そのイメージを自分の中に取り込む。
8)これからの自分の姿をイメージしてみる。
そのイメージを内在化した自分自身の未来がこれからどうなっていくのかを想像してみよう。そしてその財産を持ち続ける事で、いかに自分を豊かにしていくのかについても感じてみよう。
9)再確認する。
それでは、その人のことを考えてみよう。以前と同じ様な悲観が、まだそこにあるかどうかの確認をする。

